2015年夏ブラジル出張

ドイツ留学、ポーランド派遣、フランス留学、世界旅行。 一度外国に行くとやはり次々色々なところに行く運命となるようです。 今回の行き先はブラジル、10年前ほどの発展はしていないようですが、これから未来のありそうな国です。 ポルトガル語もなんとかなりそうなので、現地の生活に浸ってきます。

経緯

2014年初頭、博士号取得の審査で偶然リヨンに来ていたリール大学のベッカール教授に出会い、その数ヶ月後、なぜかフランスブラジル二国間協定のCAPES-COFECUBというプログラムでブラジルに行ってみないかという話を持ちかけられ、7月から9月中旬までサンパウロに行くことになりました。 どうやら、うちの研究室の僕の教授のもとで働いていた、ロベルト・ヴェイガって奴がサンパウロ大学で働いているっていう伝で僕に話が回ってきたようです。

準備

6月初旬、出発まであと一ヶ月まで迫った頃、そういえばブラジル行くのに査証が必要だったということをなんとなく思い出し、ブラジル大使館に問い合わせてみることに。

まずリヨンにある大使館にかけてみました。 つながりません。

よくよく見てみたら「直接面会のみ」(=電話による受付はしない)と書かれていたのでとりあえずメールを送ってみました。

次の日、早くも返事が返ってきたのですが、それによると、ビザはパリの大使館でしか受け付けないとのこと。 まあ仕方ないのでパリの大使館のホームページで必要書類を確認し、ロベルトと(COFECUBを管理している)キャンパスフランスに招待状を送ってもらうことにしました。

EUの人たちは基本的に査証が要らない上、(外国に長期で研修に行けるぐらいの余裕のある)国所属のドクターの中に日本とかいう遠くから来た人がなかなかいないため、査証申請のための不慣れに書かれた招待状も、招待状というか内部資料のよう。

必要書類一覧がこちら(ホームページ参照):

  • パスポート
  • 戸籍謄本(またか・・・)
  • オンラインビザ申請控え
  • 証明写真
  • ブラジルで有効な保険
  • 査証料金振り込み証明書
  • 犯罪歴書
  • 受け入れ先機関の招待状
  • キャンパスフランスからの証明書または給与明細

それにしても査証料金が国によってだいぶ違います。 何を基準に決めたんだろ。

さて、郵送先を確認しようと思ったところ、本人がこなければならないとかいうかとが発覚。 しかも、面会必要なんですが、次に空いている日が6月23日しかありません。 え、出発一週間前じゃん?

電話をかけてみます。 つながりません。 メールを出してみました。 二日後、返事が来て、一週間後に取りに来れば大丈夫とのことです。 と、いうわけで6月30日に再びパリに行くことになりました。 ほぼ、査証とってそのままブラジル行くような状況です。 こんなんになるんだったら初めからパリ発の飛行機にしておけばよかった・・・。

なにより、6月23日のパリまでの往復が計127ユーロ、6月30日の往復が92ユーロ、査証料金が65ユーロ、現地でのお昼代が多分計50ユーロぐらいになるんで、全部で5万円ぐらい払うことになるんですよね。 すっごい意味ない出張。 まあいいや別に自分で払うわけじゃないし

6月23日早朝、領事館大使館諸々がだいたいシャレにならないぐらい真剣な場所であることを考え、早めに出発。 1分遅れたらもうダメなんてところもザラにありますからね。

15分前につきました。 待合室みたいなものはなく、受付のすぐ後ろに並べてあった椅子に座ったので、そこから前の人と係りの人のやりとりを観察。 どうやら来年から娘がブラジルに留学する予定のお父さんです。

「これ(写真)娘さん?可愛いわね〜。ブラジル行ったらモテること間違いなしね」

「このマイって名前なんか深い意味があるの?」「それはマリー(=マリア)のブルターニュ方言の読み方なんです」「へー可愛い名前ねぇ」

今まで旧ソの領事館ばかり訪ねていたから、僕自身違いに驚いたのかもしれませんが、どうやらここブラジルの大使館は雰囲気がだいぶ違うようです。

数分後、僕の番が回ってきました。

「査証が必要なのは2ヶ月だけ?」「そうです」

どうやら普通の研究ビザは6ヶ月有効で、3ヶ月以内の滞在だとフランス人の人は普通査証が必要ないってこともあり、カテゴリーが見つからず混乱していたようです。 まあなかなかいないからな。

なんにせよ幾つか質問答えつつも、なぜイスラムが優れているのかとかなぜ僕がテロリストではないのかなどなど説明する必要はなかったんで、スムーズに終わりました。 面接後、領収書を受け取り、6月30日以降来るようにって書いてあるのを確認。 ギリギリだけど完璧

一週間後、パスポートを取りに再びパリへ。 5分ぐらいで済みました。 感動。 そしてなりより中三のときに撮った証明写真を使って何も言われませんでした。 どうやら12年前から外見自体は変わっていないらしい。 中身だけは変わっていることを願おう 笑

パリ自体は出張で結構来るんですが、だいたい出張がルクセンブルク庭園や、ソルボンヌ大学周辺のため、ブラジル大使館があるシャンゼリゼ周辺にはなかなかこないんで、せっかくだから凱旋門からシャンゼリゼ下って、コンコルド広場とチュイルリー庭園を通って、ルーブル美術館まで久々に歩いてみました。 僕が初めてフランスに行ったのは11年前なんですが、あのころは移民達の押し売りがあったり通りがめちゃめちゃ汚かったりしたんですけど、最近はずいぶんきれいになりました。 フランス全土で駅にピアノ置いたりとか、街に自由に使える自転車置いたりとか、ずいぶん住みやすくなったんでこれから楽しみです。 写真はシャンゼリゼのコンコルド広場と凱旋門のちょうど間ぐらいです。

到着

全然関係ないんですけど、本当は出発する前日にエクサンプロヴァンスに出張の予定だったんですよ。 だから飛行機もマルセイユからの予約したんですけど、そしたら出張結局先週に前倒しになっちゃったんで、何の意味もなくとにかく飛行機に乗るために前日にマルセイユへ。 久々のカウチサーフィンでマックスっていう日本が大好きっていう大工さんのところに泊めてもらえました。 最近は僕も東京のこととか結構詳しくなってきたんで、話盛り上がって面白かったです。 むしろ彼みたいな人に会うたびに少しずつ詳しくなっていく気がする。

翌日、遅くなるよりは少し早めに出たほうがいいだろうなっていう考えのもと、だいぶ早くマックスの家は出たんですが、これが見事に大当たりだったんでした。 なんつってもマルセイユの場合、リヨンやパリと違って朝の渋滞の中をイライラしながらバスで空港まで行くんで、時間の見通しがきかないんですよ。 マルセイユ空港をご利用の方はお気をつけください。

マルセイユ空港の搭乗口前。 僕の飛行機がフランクフルト行きなのに対して、隣の飛行機はアテネ行き。 ギリシャの国民投票は今週の日曜日です。 いつかこの写真を見てなにも感じないような時代が来ることを願ってます。

さて、ブラジル行くのになんでフランクフルトなんか通るの? って思った方も多いんじゃないですかね。 実は何を隠そう、僕去年YFUとかいう組織のドイツに来た生意気な日本の高校生に夏休みの3週間ドイツ語教えてたわけなんですよ (ここ参照)。 それでですね、彼らはそのあと11ヶ月間ドイツの各地に散らばってそれぞれのホストファミリーのところで一年間ゆったりのんびりしたドイツでのバカンスを過ごしてくれたと思うんですけど、その子たちが帰るのに合わせて、僕もフランクフルトに寄ったってわけなんですね。 その前日にまでその生徒のうちの一人からとか「悪趣味」とか罵倒されてたわけなんですけど、それでも行ったわけですからね。

一年経っても、太ったこととかを除けば外見上は去年とあまり変わりなく、むしろこのまますぐ授業が始まりそうな気分でしたが、きっと内面的には色々変わったんだろうと思います。 まあ僕自身、11年前に留学した時ははっきり言って一年間とにかく波に流されるように過ごして、そのあと本格的にスイッチが入ったことを考えれば、むしろ彼らのこれからに期待できるのかもしれない。

教え子たちに会いに行くとかいうアクションのおかげで、本来大嫌いな夜行の飛行機に乗ることになったわけなんですが、結果的に11時間の飛行中、快適であったかどうかは別として8時間寝れたんで、あっという間に着きました。

飛行機の中で、入国審査に必要な紙をもらってちゃんと書き込んだですが、向こう全然何も確認しないでオッケー出してました。 なんのための入国審査や。

今週、リヨンではなんと歴史的高気温に襲われてて40度ぐらいまで上がるらしいんですが、今冬のサンパウロではありがたいことに20度ぐらいまでとかすごい快適な気温までしかあがらず済んでます。 しかも雨。 ブラジルからはあまり連想されない天気になっております。

本当ならロベルトの家までシャトルバスと地下鉄を乗り継いで行く予定だったんですが、なんとフランクフルトでブラジル行きの同じ便に乗る日本人の方に遭遇してその人がどっちみちサンパウロの市街地までタクシー乗って行くから一緒に乗せてってあげるって言ってくださったわけなんですね。 ラッキーとか思ってたのはいいんですけど、なんと注文していたタクシーが来ない。 まあ、電話して確認してみたところ、あと数分で作っていってたらしいんで、とりあえずコーヒーでも飲んで待ってようかって話になりました。 ブラジル初のコーヒープラス初のポルトガル語。

まあスラスラ言えたかどうかは別として、ちゃんとコーヒーは注文できました。 (やった) ちなみに、ここブラジルではパンも食べるんですがご飯もたくさん食べるらしく、このコーヒー注文したマクドナルドみたいな店でも、電気釜が置いてありました。

タクシーのおっさんに結果的に2時間以上待たされました。 まあちゃんと来てくれたからいいですけど

ロベルトの家はサンパウロの中心街のはずれぐらいにあるファリアリマっていうところだったんですが、そもそも東京みたいな規模のサンパウロでは街の中心街ってないみたいなもんなんですよね。 地下鉄の駅で会って、片道四車線横断歩道なしの道をダッシュで渡ってロベルトの家に着きました。 リヨンをでて40時間に及ぶ旅になったわけなんで、水が欲しかったんですが、ここ、ブラジルでは中国とかと一緒で水道水が飲めないそうです。 これからここ7階まで定期的に水を買って運ばなければいけないわけか・・・。

ロベルト自身あまりブラジルが好きではないようなんですが、この国にはなんといっても「食文化」という素晴らしい点があります(拍手!)。 僕も別にそんなに肉ばかり食べるってわけでもないんですけど、ここの店でサラダ(と肉とその他もろもろ)の取り放題とステーキ注文して1000円ぐらいでしたからね。 感動もんですよ。

ブラジルの食文化みたいなのもあるみたいなんですけどこの国では国際亭な部分を語らずしてはなにも語れませんね。 ロベルトの家の下にはなんとすき家がありました。 これからも幾つかサプライズがあると思うんで僕自身結構期待してます。

昼食後、地下鉄で二駅とバスで一駅離れたロベルトの研究室へ。 ここでこれから二ヶ月ちょっと働くことになるわけなんですね。 この日は金曜日だったのと、他の人たちはカナダに学会で行ってたらしく、研究室の中は閑散としてました。 このサンパウロ大学はサンパウロに二つだけある国立大学のうちの一つで、南アメリカの中で最もレベルの高い大学だそうです。 設備自体は良さそうに見えたんですが、他の南アメリカからきている学生などを除くと、外国からの学生はほとんどいないみたいなんですね。 僕みたいな共同研究での派遣みたいなのは相当珍しいみたいです。 (ロベルト曰く初めてだそうです。そりゃ査証のための書類も手こずるわけだわ)。 そのおかげで、食堂に入るためのカードみたいなのももらえるかどうか微妙らしく、来週からの昼飯もどうなることやら、って感じです・・・。

チケット一回分がバスでも地下鉄でも3レアル50セント(約140円)だから、往復で14レアルかかんで、頑張って自転車探してます。 しかも意外にも自転車専用のレーンが結構あるっぽいんで自転車でも結構安全かもしれません。

次の日の土曜日、出かける前にロベルトが僕の肌が白いので、日焼け止めクリームを塗ったほうがいいと言ってきました。 僕の肌は決して白くないんですが、どうやらブラジル的感覚では白いようです。

ここ、サンパウロ市では戦前に大量移民した日本人コミュニティー(世界最大だそうです)があり、親愛なるWikipedia曰く160万人にも上るらしいんですが、当時の移民達の子孫が、街の一角のリベルダージっていうとことに集まってて、現代の日本とは一味違う日本文化を創り出してます。 まあ100年以上独立して創り上げてきた文化ですから日本と違うのは当然と言えば当然ですけど。 ちなみに大半の人たちは日本語話せません。

僕らが行った時はちょうど、日伯交流120周年記念行事(1895年が日伯修好通商航海条約締結だそうです)っていうのをやってて、コンサートをやったりだとか、屋台を出したりだとかしてました。 このコンサートなんですけど、例えば最近の日本とかヨーロッパで日本の音楽とかやるとアニメ系のばっかりじゃないですか。 ここのコンサートでは島唄とかギラギラハートの子守唄とか流れててびっくりしました。 藤井フミヤとか懐かしいな。

上にも書いた通り、ブラジルの日本文化はブラジルなりの発展を遂げたため、日本にないものがあったりします。 例えばこちら、日本食として有名な「パステル」(クレヨンか)。 チーズと牛肉を包んで揚げた料理なんですが、チーズも牛肉も揚げるのもあまり日本的じゃない・・・。 でもまあまあ美味しかったんでよかったら試してみてください。

日本人街の一部に置いてあったガスレンジ。 「价」っていうのは中国簡体字で「価」のことなんで「真価を発揮する」っていうのはわかるんですけど、「真価を発揮するの」ってなんだか妙に何かの台詞っぽい。 ただのガスレンジなのに。 笑 (そして「ガスレンジで真価を発揮するガス器具」だとしても何が言いたいのかよくわからない)

ここブラジルで特徴的なのは、基本的にどの国出身だとしても普通にブラジル人として通るってことなんですよね。 たとえばアジア系の顔だったら日本人の三世四世だと思われるし、アラブ系の顔だったらレバノン人の二世三世だと思われて、どっちみちみんなポルトガル語しか話さないんで、特に誰も誰がどこ出身だったかとかあまり気にしないようです。 (特に第二次世界大戦中はポルトガル語以外の言語を話すのはキツく規制されていたので、その期間に大体の言語は消えたそうです)。 僕もできるだけ話さないようにしてブラジル人っぽく生活するように頑張ってます。

これまで行ったどこのレストランでもそうだったんですけど、ブラジルではどうやら食べ放題式みたいな感じでとにかく更に好きなものを乗せて、重さで値段が決まるっていう方式が一般的みたいです。 なんだか安い中華料理屋みたいな感じなんですが、ここのレストランとかは安いところじゃないらしいんで、まあそうなのかなと思って僕的には結構適当に受け入れてます。 まあなにしろ、そんなわけで、寿司と、カレーとサラダにバルサミコ酢をかけるみたいなありえない組み合わせが一皿に出てくるってこともあるわけなんですね。 むしろその方がブラジルらしいのかもしれない。

気づいた方もいるかもしれませんが、写真に小さく写ってるのがロベルトです。 これまでにも実は何度か登場してるんで探してみてください笑(ウォーリーか)。 そしてこれからも何度か登場すること間違いなしです。

寿司のコーナーに小さい注意書き:「ネタの部分だけ取るのはご遠慮ください」。 まあそういうこともありそうだ。笑 それにしてもサーモンが超厚切りでびっくりした。

トイレの悪夢、再び

さて、中国での悪夢が戻ってまいりました。 トイレです (注意:食事中の方心臓の弱い方はお控えください)。 さて、中国でどういう問題があったか覚えてる方いらっしゃいますでしょうか。 ひょっとするとブログの方には書いてなかったかもしれないんですけど、ここ、ブラジルではなんと使ったトイレットペーパーを流しません。 どうするかというと、隣にあるゴミ箱に遺していくしかないんですね〜。 僕、基本的にどの文化が優れてるだとかここをこういう風にしなきゃいけないだとか、どこの国に行っても言わないですけど、これはマジで問題ですよ。 ちょっとこの記事読んでるブラジル人の方いたら、よくよく考えてみてください。 絶対社会全体が良い場所になりますから。

7月6日、仕事初め

朗報:ブラジル現政権実際何やってるのか良くわからんところですけど、ここ、サンパウロにはよく自転車の道が通ってるんですね。 ロベルト曰く、道路のど真ん中を通ってるってことで、安全だからよく歩行者も使ってるそうです。 なんだか機能してるんだかどうかよくわからんところですけど、ぱっと見良い感じです。 2年前に始めた計画で、今年の年末には、サンパウロ市全体で全長400キロにする予定だそうです。 (参照:会社のサイト).

ちなみに車は歩道の前で止まってくれません。 リヴァースマウンテンを超えてグランドラインにたどり着くか、カームベルトを越えるかは柔軟に選択してください。

さて、今日は研究室での仕事初日です。 (写真撮らなかった・・・。 近いうちに撮ります)。 フランスでは、一つ一つのオフィスを二三人で共有するっていう風になってるんですけど、ここでは学生もポスドクも全員混ぜて同じオフィスで仕事するようになってます。 このウルトラステレオサラウンディングシステムの中で、残念ながら僕のポルトガル語はまだまだ使えてない状態なので、基本的には静かにしてたんですけど、周りの人たちすごい気を使ってくれます。 タイシアっていう修士の子を除くと、僕と一緒に働くっていう人はいないので、仕事上の付き合いはなさそうですが、それでも他の人とはうまくやっていけそうです。 まあそもそもの滞在の動機が謎なぐらいだから研究内容が被らないのもそんなに驚きじゃないですけど 笑

アートア(で、行こう。カタカナ書きでどういう風になるのかわかんないんで)も仕事の後夕飯についてきました。 彼はちなみに来年あたりから仙台に4ヶ月ほど滞在するそうです。 日本語とポルトガル語でコミュニケーション取れたら良いな。

写真に写ってるのはアートアとロベルトです。 バスの真ん中にいる女の人なんですけど、ここブラジルではバスに乗った時、車掌さんのところでお金を払うんじゃなくて、このバスの真ん中にいるレジの人?のところで払うんですね。 と、いうわけで基本的に、乗客はバスの真ん中よりも後ろで座ります。 空いてる時はいいですけど、混雑したらどうするんだろう。

ブラジルのキリスト

家について、なんでもいいからとにかくポルトガル語を聞いてみようと思い、テレビをつけてみました。 最初のチャンネル、中年ぐらいのおっさんが一人で延々と話しています。 何を言ってるのかよくわかりません。

ロベルト:「キリストについて話ししてるんだよ」

なるほど、どうやら宗教系のチャンネルにぶち当たったようです。 宗教系のポルトガル語が聞きたかったわけじゃないので、チャンネルを変えてみます。 再び別のおっさんが画面の中央で一人で話しています。 さらに次のチャンネルへ。 同じような画面です。 次も、その次も・・・。

結論:ブラジルには敬虔的な人がとても多いようです。 僕のポルトガルも影響受けるのでしょうか。

7月7日、サンパウロのカウチサーフィンコミュニティー

サンパウロも大都市なのでやはりカウチサーフィンコミュニティーみたいなのが発達してて、カウチサーファーミーティングみたいなのが毎週開催されてるんですよね。 (カウチサーファーミーティングっていうのは、カウチサーフィン自体とは関係なくて要するに外国の文化とかに興味がある人とか、単に他の言語を話してみたい人とかが集まるパーティーです)。 誰も一緒に行く人がいなかったので、カメラとかも持っていかなかったんですが(って英語版のほうに書いたんですけどどういう意味かよくわからない・・・)、このカウチサーファーミーティング、ちょうど100回目だったらしくて、記念のパーティーやってました。 外も他の人が言うほどカメラを持ち歩いてても危険そうには見えないんで、やっぱりカメラちゃんと持って行けばよかった。 ちなみにこの写真は僕の携帯のお情けカメラです。

50人ぐらいはいたんじゃないですかね。 リヨンよりだいぶ大きいです。 ここで特徴的なのがですね、名前と出身地を書いた名札を貼るんですよ。 大半の人はブラジル人なんであんまり関係ないんですけど、やっぱり外国人がいると人が集まります。 特に日本文化とかブラジルでやたらと人気なんで、僕とか黙ってビール飲んでただけなんですけど、人が続々集まってきました。 ヨーロッパだったらあり得ないな。

小さな世界とは言ったもので、リヨンで知り合ったルシアナに再開しました。 写真回すの面倒なんでこのまま置いておきます。笑

7月8日、日常生活

サンパウロは東京と似たようなもんで、混み入った大都会なんですけど、サンパウロ大学のキャンパスは町の南西にあって、森の中って感じなんですよね。 特に僕みたいに日本から来た人には、ここの自然がすごくエキゾチックに見えます。

よく鳥がが散歩してます。 飛べないのでしょうか。 飛ばないのでしょうか。 ブラジルだしどうでもいいのでしょうか。

上にも書いた通り、外国からサンパウロ大学に研究者がくるっていうのはあまりないようなので、ここの大学の身分証明書はもらえてません。 身分証明書をもらうため、無理してロベルトの「原子レベルモデリング入門」っていう授業に入れてもらいました。 未だに身分証明書はもらえてないし、そもそも授業の内容自体がコンピューター物理の入門だったんで、別に行く必要もなかったんですけど、ブラジルの授業ってどんなものか見てみたかったんで、行ってみました。

ブラジル人って日本人ともヨーロッパ人ともだいぶ雰囲気違いますけど、科学の世界は似たようなもんですね。 オタクはオタクです。 ギリシャ人とドイツ人は未だに分かり合えてないようですが、きっとオタク同士は通じるはず。

そしてオタクの世界で重要な並列計算。 タイシアっていうロベルトの学生に教えてきました。 ここのホームページにもサマリー載せてあるんですけど、ほとんどの人は興味ないと思うんで、別の場所にしておきました。笑

上にも書いた通り、本来なら地下鉄に乗って、さらに地下鉄のブタンタっていう駅からバスに乗り換えて大学行かなきゃいけないんで、7レアルかかるんですけど、ロベルトは(再び登場)大学の身分証明書があるんでバスの分はタダになるんですね。 別に僕はバスの分払うでも払わないでもいいんですけど、ロベルトとしてはどうしても僕だけバス代払うっていうのは納得いかないらしくて、最近は地下鉄の駅から研究室まで歩いてます。 僕自身、お金がどうとかいうより、町の観察とかできるんでそっちの方が楽しいんですよね。 例えばこういう風に突然ブラジルの宗教性を感じさせる写真が撮れたりとか。笑

マンゴー

僕小さい頃にサイパン行ったことあって、その時のことはあまりに小さすぎて何も覚えてないんですけど、マンゴーを食べてお腹壊したことだけは覚えてるんですよ。 それ以来、マンゴーはずっと避けていました。

あれから20年以上経ったわけなんですけど、ここブラジルで、マンゴーがどれだけ美味しいものであったかを確認させられました。 ロベルトによると、ヨーロッパに出て行くマンゴーたちは一旦凍らされるらしいんで、(サイパン以来)初のフレッシュマンゴーでした。

7月9日、レプブリカ広場。サンパウロの危険地帯?

さて、研究室で僕のすぐ隣で仕事してるアートア君なんですが、今週末一緒にペルー料理店に行こうと誘ってくれました。 このペルー料理店なんですが、サンパウロの中でも有名な危険地帯、レプブリカ広場のすぐ近くらしいんですよ。 ちなみにペルー料理店を選んだことと、ペルー料理店がレプブリカ広場のすぐ近くだったことに特に関連性はないです。

Wikitravelによるとここはもうそれほど危険ということもないらしいんですが、それでもやはりなんだか不気味な感じがします。 麻薬中毒の人で溢れかえっているからでしょうか。 どうやら症状がひどすぎて通りの端から動くこともできないようです。

危険危険というのはよくあることなんですが、実際危険ってどういうことなんですかね。 多分どのくらいの可能性で自分の体に被害が及ぶかっていう話なんですけど、それってどう考えても「興味があるから見てみる」なんてことはできなさそうです。 その一方で、中国のウイグル地方では警察に「ウイグル人は危険だから話しかけるな」と言われましたが、話しかけてみたら仲良くなったので、結局何が危険だったのかわからないうちに終わってしまいました。 そういう意味では、時々「危険」といわれるようなところにも首を突っ込んでみたほうがいいような気もします。

何より、ゴビ砂漠にしろ、パキスタン、アフガニスタン、イランの三角地帯にしろ、自分の命に危険が及ぶとき初めて、生きることの尊さがわかります・・・。

何が危険だったのかは別としても、レストラン自体は普通の場所でした。 ペルー料理の辛さはすごいです・・・。 「すごい」では表せないぐらいのもあるんで、やりすぎには注意しましょう。

レストラン後、レプブリカ散策に。 幾つかバーがあったんで、そのうちの一つに入るところだったんですけど突如ボーイズが「やっぱり戻ろう」って言い出して大学の方の駅まで帰ることになってしまいました。 何が起こったのでしょうか。

女の子のうちの一人が説明してくれました(名前思い出せない、ごめん)「入ろうとしたバーがゲイバーだったからいやだったんだって笑」

ブラジルでは同性結婚は法律で認められているんですが、ブラジル人はまだあまり同性愛に寛容ではないようです。 なんにせよレプブリカが危険であることとは特に関係なかったようです。

(僕の教授の)ミッシェルが最初にロベルトに送ったメールに「サムがビール飲みすぎないように気をつけてくれ」って書いてありました。 敢えてミッシェルのために撮ったこの一枚。 喰らえ

ブラジルのビールは基本的に結構甘いです。 フランスのビールみたいな感じですね。 ドイツからの移民が結構いるのにどういうことなんでしょうかね。

結局大学の近くの居酒屋だったんですが、ロベルトはついてこなかったんで、一人で帰んなきゃいけなかったんですけど、地下鉄の終電はとっくに過ぎています。 アートアが近くのバス停まで付いてきてくれるって言ってくれてたんですけど、「大丈夫だから」って言って一人で歩き出した反面、バス停が見つからず居酒屋に戻ることに。 実は未だにバス停がどういう風なのかわかってません。 今後問題にならないことを願ってます・・・。

最終的に、バスで帰るのは諦めてタクシーで帰りました。笑

この夜のこととは特に関係ないんですけど、レプブリカ広場は昼と夜とでだいぶ雰囲気が違うんですよね。 例えばこのあと僕アートアと一緒にトークショーのようなコンサートのような場所に行ったんですけど全然大丈夫でした。 むしろこういう黄色い教会みたいなシュールな建物の方がずいぶん際立っていた気がする・・・。 まあこういうのもブラジルらしいといえばブラジルらしいです。

7月10日、コーヒーとブラジル

コーヒーの国、ブラジル。 ここでは、朝食のことを「朝のコーヒー」と呼び、おやつのことを「夕方のコーヒー」と呼びます。 ところがどっこい、ロベルトの家にはコーヒーマシンがなかったんですね。 要するに厳密には朝食とおやつが作れない非常事態が続いていたわけです。 今日買ってもらったんで、なんとかなりました。 僕自身が一番安心したことはいうまでもない。

全然関係ないですけど、時々ブラジルって面倒臭い国で、例えばロベルトの場合とか家族はミナスっていうサンパウロ州の隣の州に住んでるんですよ。 ブラジルでは基本的に実家を離れないらしいんで、ミナスから動けないってことらしいです。 と、いうわけで毎週末家にいないらしいんで、週末は僕基本的に家で一人っていうことになります。

サバイバル洗濯

実は他にもロベルトの家洗濯機がないっていう問題ありなんですよ。 アートアが洗濯機貸してくれるって言ってるんですけどそこまで運ぶのもちょっと距離があるんで面倒です。 さてどうしましょう

小学校に夏休みの自由研究っていうのがあるじゃないですか。 小学三年生の時、僕あれでうちの母親と「しつこい汚れの落ち具合」っていうタイトルで、いろんな染みをつけた布切れを、汚れがついてすぐと時間が経ってからのカテゴリーに分けて水洗い、石鹸洗い、合成洗剤洗いでそれぞれ洗って汚れが落ちるかどうか調べたことがあるんですよ。 あの時は、実は特に方法に関係なくどうやっても汚れが簡単に落ちちゃったんで、カテゴリーわけした意味ないと思ってすごいがっかりしたんですけど、よくよく今考えてみると、実はなんでもいいから何かしらすれば汚れはとにかく落ちるっていう素晴らしい結果だったんですよね。

というわけで石鹸でさっさと洗います。

ロベルトの家の前は大通りなんで、昼間は太陽がちゃんと当たるんですよ。 洗濯物を干した時、太陽はバルコニーの右端の方だったんで、次干す時はちゃんともうちょっと早い時間に洗濯して干そうと思っていたところでした。

ところが数時間後、もう一度バルコニーに目をやってみたらなんとさっきまでバルコニーの右端の方にいた太陽がど真ん中にあるじゃないですか。 大混乱ですよ。 落ち着いて考えてみてすぐわかったんですけどブラジルって南半球じゃないですか。 だから太陽は北側にあって、東から西に行くんで、右から左に行くんですよ。

July 11, Local antiquity market, coconut and Bhut Jolokia

There's this brilliant guy called Arthur who sits just next to me in the office (he may have already appeared above), with whom I went to a local market Benedito Calixto near Roberto's apartment, where they sell antiquities and artistic stuff, which I did not expect to see in Brazil. It's an entirely independent story but Arthur (whose Japanese name is Seiji, which strongly reminds me of Whisper of the Hearts) will go to the Netherlands this year, which has the surface area of just one sixth of the state of São Paulo.

On the market, I ordered a "tapioca", which I knew as a drink or pudding.

Vender: "salty or sweet?"
...salty??

Actually the tapioca is not exactly what we know in Europe or in Japan. It's something like a sandwich and what you find inside is variable. As I ordered a sweet tapioca, there was coconut inside. (For Brazilians: it often looks like this in Europe and like this in Japan).

Did you know that the chili pepper comes exclusively from America? People often think of India when they talk about spicy food but even Indians did not have chili peppers before the exploration of America by the Europeans. Here on the market, I found a local chili paste that contains Bhut Jolokia. So, to be honest, I have NEVER had such a strong sauce, though what I got was just a tip of sauce. I'll certainly come back to this market to buy it for my lab just before my return to Europe. Just for info: there's nothing spicy in France. The people are absolutely not used to it. I'm looking forward to something ... :)

Beer in Brazil

This section certainly has to be completed with further information that I will surely obtain in the coming days in Brazil (because now drinking culture kind of snuck into my daily life now). The most famous beer here in Brazil from Germany is probably Paulaner, followed by Franziskaner, but every now and then, you can find local brands that carry a German name. This one for example, Baden-Baden, which is a city located near Strasbourg. I personally would have come up with a better name...

The beer here in general tastes by the way a tad sweet, somewhere between the French beer and the Belgian beer. So if you come from Germany or Japan, it must be a very new experience (anyway you are obliged to drink local beer because imported stuff is WAY too expensive in Brazil).

At least it was strong enough to get me as drunk as I could ask a passer-by to take a photo in Portuguese. Well, not to say he replied in English :)

Jul. 13, exchange rate and sport

Just a day before the Bastille Day, a couple of things happened, that allowed me to change my lifestyle here.

Currently, 1 euro equals to 3,50 reals, which has not changed since my arrival here. The problem was, when I arrived at the airport on the very first day, I simply followed the instructions of other Brazilians and changed money there, though still I was not ready to believe that it would be the cheapest way to change money. So I changed 100 euros and got back 250 euros... Essentially, I lost something like 1/3 of my money.

With Roberto later insisting that ATMs be the worst place to get money because I would lose even more money there, which is not quite the case when I draw money in Japan with my French credit card. In the end, I decided to give it a try and drew 300 reals, for which about 90 euros were charged, which is equivalent to about 315 reals.

So if you go to Brazil, don't believe what the others say. Contact your bank or just give it a try.

Secondly, Greece and EU finally put up a new bailout, which means large fluctuations of the euro would be avoided. That is to say, I won't be suddenly poor or stray into favelas with worthless money.

Thirdly, I'm now getting used to the Brazilian lifestyle so I want to customize my daily life in my way.

Conclusion: I can spend more money, and I'll do it to make a better world (for me).

I usually jog everyday in France, which I suspended here in Brazil, thinking two months would not do too much harm, just to find out it was too wrong.

At the same time, there was Luciana (who appeared here), who spoke of a group of people doing cross fit in the Ibirapuera park.

Since I did not bring anything for jogging, I went to a local Carrefour. I had around 300 reais in my wallet, which is about 100 USD. I was not quite sure if I could buy a pair of shoes, a t-shirt and shorts, as São Paulo is one of the most expensive cities in the world.

However, as I found out, the price of shoes varied something like between 30 and 60 BRL (not USD!!). In the end, together with all the other stuff, I paid 100 BRL. Surprise :) (positive one)

Ibirapuera park was about 6 km away from Roberto's apartment. No subway station nearby. I decided to jog up there. Luckily, I crossed apparently a richer district of São Paulo, no need to pay attention to danger. Not that the drivers are friendlier though :)

And Ibirapuera park also shared the same atmosphere with the district, elegant and unnaturally natural, as many parks in metropolitan cities. But above all, the number of people involved in some kind of recreational activity (mostly sport) is impressive. Probably that's also related to the air pollution in São Paulo, which is unfortunately visible on sunny days.

After 1 hour or 2? of cross fit, it was almost impossible to jog back home. But I made it. Twice a week. I'm looking forward to next sessions :)

Credit cards in Brazil

Here in São Paulo, people usually pay by debit/credit card, which I think is an excellent thing. Interestingly, you can find the logo of Mastercard alone without Visa very often here. Arthur told me that it does not mean that they do not accept Visa, but as I looked for the market share in Brazil, it turned out that while Visa has 48.5% and Mastercard has 31.7% of market share world wide (cf. this report), Visa has 46% and Mastercard has 37% of market share in Brazil this article).

So what? Well, nothing. I just found it interesting...

July 17, Brazilian lab life

There's something very important to know in order to cooperate with researchers from different countries: how they work. In my opinion, this is something that is really underestimated by many people. Anyway, what is so different? Well, since here we all share the same office, there's a sort of non stop multi-spiral communication that may or may not be related to the work. There's been a very long discussion whether it's a good thing or a bad thing around me, and I personally still don't know the answer, but for sure, it is an important thing that it is socially accepted, because if you don't want to talk, you just don't. In this sense, there's something Germans and Japanese must learn from Brazilians.

Well, in terms of communication there's little difference between France and Brazil. However, a great thing here in Brazil is there's almost no separation between different positions, like professors and students. And this kind of stuff is sometimes REALLY hinky in France, like different social classes.

Today, which was a Friday, we had a small celebration with all the co-workers. And among those who remained to the end, there was Prof. André Paulo Tschiptschin, who has the most complicated surname I've seen so far in Brazil, who is by the way the boss of the department (?). And appropriately enough, the way he drank was also maestoso. Even though he was someone who did his Post-doc stay in Germany in the year I was born, there was nothing separating him and the students.

The ultimate purpose of this place is the research. Apparently the Brazilians are loyal to this principle.

July 18, Brazilian jokes?

One of my colleagues, Arthur, invited me to a BBQ at his friend's place, with all the alumni of USP (he did his bachelor and master at USP too). If I was Japan, I would have wondered whether it would be okay to participate in such a closed circle. I'm in Brazil, I didn't care.

Here in Brazil, whenever there's ONE foreigner, everyone speaks English, even among themselves (if they can), which would be a very weird thing in many other countries (esp. in Japan). Maybe because in contrast to other countries like France Germany or Japan, where there's been a relatively solid language, the linguistic situation was unstable in Brazil.

Just as Arthur, these were the best educated people in Brazil, but one of them is now even studying Social Sciences out of interest in parallel to his work. It has become rare in developed countries to see someone who studies actively, maybe except for Germany. He told me that he wants to find a solution for political problems in Brazil. I was impressed.

Most of them have been abroad, so actually they spoke also different languages than English, like Italian German etc. Roberto was complaining about students who do not want to get experiences in foreign countries, but apparently there are quite a lot of students who've been there. One of the guys was to go to Germany in two months, who proudly showed me his ribbon, on which it was written "Oktoberfest", as on the photo. Find the error :)

The BBQ itself started at noon (?) and Arthur and I arrived there at 2pm. After an extremely elongated lunch, the session went over to telling jokes. There was one brilliant guy who told a couple of possibly nice jokes with less success, whereas I still appreciate his effort to tell them to me first in English and then in Portuguese for the others, though actually everyone had a very good level of English. Unfortunately, his jokes were either too explicit or too complicated to understand, there's one told by another guy (which kind of reflects what Brazilians think of Portuguese):

There's one American, one Italian and one Portuguese about to be executed (by shooting). They try to think hard to escape the execution. First, the executioner points the rifle at the Italian, who suddenly shouts:

"EARTHQUAKE!!! EARTHQUAKE!!"

and runs away. Then the executioner points the rifle at the American, who all of a sudden shouts:

"HURRICANE!! HURRICANE!!"

and runs away. Lastly, the executioner points the rifle at the Portuguese, who all of a sudden shouts:

"FIRE!!!"