リヨン自転車羇旅記

知っているかもしれませんが、2011年の夏リヨンまで自転車で行きました。その間の記録です。

一日目:ゲッティンゲン ー カッセル ー マールブルク

いい日と悪い日ってありますよね。いい日って言うのは自販機でコーラが二本出てきた日とか、さらに隣の自販機見たらもう一本コーラがあった日とか、僕とかコーラ飲まないんでちゃんと最初っから注文した爽健美茶だしてほしいんですけどやっぱりそう言う日はすごいやる気でますよね。 逆に悪い日ってのは前日なんとかやり遂げようとがんばったレポートが夜一時半までやったあげく完成せずに次の日の朝六時に起きてその日一日チャリのんなきゃいけないって日本の会社員じゃないんだからなんでそんな無理なことすんだよって日ですよね。あるんですよ、そう言う日。今日とか。そう、まさに今日、深夜を大幅に回ってるのに部屋の片付けも、宿題も終わってない。いったいそう言うときはどうすればいいでしょう?その通り、一日遅らせる、という選択には至らず何もかも忘れて出発する。ホントにそうしましたよ。チェファごめん、部屋超汚かった。俺に関係ないからいいや。

腹へったら困るだろ、っていうか冷蔵庫を空けるために買ってあったもの全部入れて作ったサンドイッチ。結局食べきれなくて半分食べたところで出発。残りは走る行程で食おうと。


ニーダーザクセンっていいですよね。のどかですよね。のどかだったんですよ、ニーダーザクセンにいる間は。事件は当然ドイツで最も醜い州、ヘッセンで起こりましたよ。延々と長い坂。どのくらい長いかって言うとJRの高架の下から銀座のYAMAHAがある側を見るじゃないですか?そしたら地平線が見えるぐらい長いですよね。そんなレベルじゃないですよ。しかも意味もなく一気に下りますからね。下りキツすぎてブレーキかける始末。上った意味全然ない。

とつぜんなんですけど150グラムって聞いてなんかピンと来ますかね。これ、だいたいコメ一合の重さだそうです。米一合がどのくらいに思えるかは人それぞれだと思うけど、やっぱり一合って聞いたら結構ずっしりくるものがあるよね。では、米1200グラムってどうでしょう?なんかピンと来ますかね。これ、今日僕が昼と夜に食った量です。「また太っちゃった」とか言ってる腐女子に生きるためだけに食うって言う状況を本格的に伝えたい、ホント。

またしても突然なんですけどイギリス人ってだいたい天気の話から始めるじゃないですか。Small talkって言うんですかね、他の言語にあんまり翻訳されない単語ですが、ドイツ人は天気の話ないんですよ。したくもない話から敢えて始めるなんて却って不誠実だと。僕はイギリス人でもドイツ人でもないんで突然文章のど真ん中で天気の話に移るんですけど、この日はことし一年で唯一のドイツで晴れの日だったんですよ。そんな日に僕のファッションはどうでしょう?当然ポーランドの冬を乗り切ったジャケットにジーンズですよ。近くにいた人たち驚いてましたからね。「あの人あんなに汗かいてるけど大丈夫なの?」大丈夫じゃないよ。

こういうときって超水が必要じゃないですか。ホントどんなに飲んでも水が飲みたいと。当然のことながらがばがば飲んでいくんですけどそしたらなんと、何もない草原のど真ん中でカラッカラの太陽が照りつける中めっちゃのどかわいてるのに飲み物がウォッカしかないとかいう意味不明な事態に発展したんですよ。冗談でもいいからやめてほしい。のどかわいてるときにウォッカってどうなんですかね。「バカかこいつ」って思うかもしれないんですけどちょっと真剣に考えてみてくださいよ。マジでのどかわいてるときにウォッカしかもってなかったらどうします?ばかばかしく思うかもしれないですけど結構究極の選択ですよこれ。むしろウォッカ入れるスペースあるんだったらもっとペットボトル入れればよかった。むしろ水よりウォッカの方が多い。明らかに今回の旅をなめてるとしか思えない。

なんとかこの状況も乗り越えて午後10時直前に最初の目的地マールブルクに着きました。ホントはギーセンまで行けたらいいなって思ってたんですけどヘッセンがあまりに醜すぎたんで今日はこのぐらいにしときます。また明日。

二日目:マールブルク ー ギーセン ー マンハイム

170kmってどのぐらい現実的にとれますかね。車乗る人なら結構正確に分かると思うんですけどこれ、だいたい新宿から静岡までの距離に匹敵します。そして今日、その距離をチャリで行くという、むしろチャリがかわいそうになってくる挑戦をすることにしました。多分三日目とかぐらいが一番筋肉痛になるんで今のうちにいけるところまで行ってしまおう、という訳ですね。とりあえず170kmということで庶民を圧倒するために、青年の家をすぐ出たところをのこのこ歩いてたおばあちゃんにマンハイムまでの生き方を聞いてみました。「あぁ、マンハイムかい。そこの角右に曲がってすぐだよ。」何と勘違いしたんでしょう。


ヘッセンって醜いだけじゃないんですよ。ドイツの中でも特に退屈な州なんですよ。日本で言うと岐阜、アメリカで言うとワイオミング州ってトコですかね。その退屈さを紛らわすためか、途中の小さな街に怪しい感じのホテルが延々と続く道があったりね、その道のど真ん中にこんなレストランがあったりしたんですよ。写真クリックしてもらうとわかるんですけど「中華・タイ風料理店『ボンサイ』」ってかいてあります。すごい意外な感じ。

その近くにはこんな車もあったりして。"FB NEIN!!!"とか書いてあったら親近感わくんですけどね。


この小さな街を抜けて何キロか走ったあたりからずいぶん大きな建物がたくさんある街にさしかかってきたなと思ったらフランクフルトでした。実は飛行機で日本に帰る度に通りつつも一度も厳密に見たことはなかったんでフランクフルト観光をしようとした矢先、突然の暴風雨ですよ。東南アジアかってぐらいにいきなり降り出しましたからね。でも今日は170km走るって決めてましたから、っていうかそもそもやむ気配もなかったんで走り抜けることに決めましたよ。なんとか気分だけでも晴れるためにカローラツーに乗ってとか歌いながら走るんですけどマジでしゃれにならないレベルでどんどん降り続けますからね。別に雨だけならいいんですけど僕今回地図もってきてないんで、携帯のGPSで進んでたんですよ。そしたらなんとあまりの激しさにGPSとネットとラジオが同時に飛んじゃいましてね、残るは東京で買ったあんまり当てにならないコンパスと僕の記憶力のみ。さあ、行くぞ、ってところでがんばって進んだあげく全行程戻るっていう結果に終わった上に雨も5分ぐらいでやみましたからね。足ムレまくり。

そんな人いないと思うんですけど、もしも誰かいつの日かフランクフルトからマンハイムまでチャリで行くようなことがあった注意してほしいんですけど、途中の森あり得ないぐらいに標識のさす方向適当なんですよ。しかもやたらと直進のトコばっかり表示されてるくせに曲がるべきところになかったりして標識通り進んだら行き止まりとかざらにありますからね。ウケ狙いか。面白くない。

マンハイムに着いたのは10時30分近かったです。めっちゃ疲れました。

三日目:マンハイム ー カールスルーへ ー ストラスブール

マンハイムの目の前を流れる青き美しきライン川。っていうのは多分何世紀か前の話で今はその影もないぐらい臭いです。どんぐらい臭いかって言うとライン川のほとりに建っている青年の家からですらその臭さがわかるってぐらい臭いです。今日はそのライン川をさかのぼろうって言うんだからそれだけでもやる気なくなってくるって言うのにそれに加えてついに来ました。筋肉痛。筋肉痛っていうか正確にはサドルに触れる部分すべて、主にふとももが焼けるようにいたいんですよ。仕方なくポーランドの冬を乗り越えたジャケット、ちょっと汗臭いですけどそれを腰に巻いてサドルにあたる部分のショックをなんとか和らげようとはするんですけど全然意味ないですね。三日以上自転車乗り続ける人とかあんまりいないと思うんで別に大した情報でもないと思うんですけどそう言うときは最初から筋肉痛とかよりも、そういうところに注意しましょう。

でもドイツ国内でもライン川沿いの道って言うのは結構自転車のルートとして有名なんですよね。今日はGPSなしでゆっくりストラスブールまで行こうって決めました。ここでまたしても登場なんですが、僕半端ないぐらい方向音痴でアムステルダムで一回博物館に財布を忘れるって言うすごいありがちな事件が発生したんですけどそのときも「やばい!」って思って走り出した方向がまさに博物館と反対方向だったんですよ。最初から歩いていった方が早かった、あんときは。なんにせよこの限りない方向音痴でGPSなしで行こうって決める方が狂ってるだろって思うんですけどなんと今日は青年の家出ていきなりさくさく進んだんですよ。「あれ!俺ってもしかして方向音痴じゃないんじゃないか???」って本気で思ったぐらいですからね。まあ半分ぐらい進んだところで実は全然違う方向に来てたことはかくまでもないと思うんですけど。

今日も別に暑くはなかったんですがかなりの天候に恵まれましてライン川沿い臭いのを除けばすごく気持ちよかったです。

ちょっと繰り返す感じになるんですが、ライン川沿いの自転車道なんですがどういうところが問題かと言いますとただの一本道じゃないんですよ。ライン川の向こう側とこっち側で通ってる箇所がいくつかあって当然どの方角に行けばいいかわかってる人はいいんですけどこっちは究極の方向音痴ですからね。当然平行して走ってる道に入り込んで無限ループにはまりますよ。のびた君もびっくりだわ。

なんやかんやでドイツとフランスの国境に着いたのもずいぶん遅くなってからで、その辺からめっちゃダッシュでこぎ始めたんですけど通る道であった人に道聞いたら「え?ストラスブール?ここに今の時間いるぐらいじゃ着かないよ?」って平気で言われました。うるせえ!!っつってなんとか道聞いて走り出します。仕舞いには国境沿いだからでしょうか。ドイツ語とフランス語と英語を同時に話す歯のない人まで現れてただでさえ歯がないせいで聞き取れないのに一つの文章の単語が三言語で構成されているからよけいわからない。そんなの相手にしないで一気に進めばいいのになんかいいこと言ってるんじゃないかと思って進めない僕。全然関係ない話された。進めばよかった。

知ってる人も多いと思うんですがライン川って言うのはドイツとフランスの国境なんですよ。その辺の言語状況ってどうなってるんだろうって気になりませんか?僕は結構気になりましたね。今書いた三言語の狂った人とかは別にいいんですが、普通の人はどうしてるんだろう、ってね。いろんな人に話しかけてみましたよ。そしたら驚いたことに、フランス側に入るとドイツ語を話す人が多くてドイツに入るとフランス語を話す人が多いんですね。みんなこのわずか30メートルぐらいを超えることによって海外旅行に行ってる気分にでも浸っているのでしょうか?特に若いカップルがたくさん歩いてました。こんなんで海外行った気分になれるんだったら安いもんだよ。

ここでなぜか近くを通ってたおばあちゃんにどこの街から来たか聞かれたんですよ。

僕「ゲッティンゲンです」
老婆「ゲッピンゲン?」
僕「ゲッティンゲン」
老婆「ブッパータール?」
僕「ゲッティンゲン!」
老婆「アメリカ?」

音声学的にゲッティンゲンがアメリカに聞こえることがあり得るのだろうか?そもそもアメリカから自転車で来ることなんてあり得ないし僕も全然アメリカ人っぽくない。

もう上に書きましたけどここから一気にダッシュですよ。時速20キロで3時間休憩なしで走りました。引っ越しの荷物が約20kgあってさらに川をさかのぼってる訳ですからどのくらいの苦労だったかってのは分かると思いますが、ストラスブールの青年の家がいつまで開いてるか分からなかったんで一応最悪の場合である午後10時を想定してダッシュで走りました。そしてお見事。GPS使ってたのに道に迷う。これこそ何かを極めてますよね。ちなみに青年の家に着いたのは11時ぐらいでした。24時間営業でした。がんばった意味あんまりない。

四日目:ストラスブール ー ミュールーズ

ストラスブールって一応フランスですけどやっぱりドイツからすぐそこってこともあってラジオとかフランスのよりもドイツのやつの方がよく拾えたりするんですよね。ドイツのプロパガンダか。しかも道のクオリティーとかやたらと低くて僕をここまで導いてくれた自転車とかが悲鳴を、っていうかサドル付近の部位が悲鳴をあげ始めてた上にフランス入ったらいつでもいいだろうと思っていた天気がなぜか安定しなかったんで、いろいろなものが集まってて本当は見るものがたくさんあるはずのストラスブールはすぐに離れることにしました。青年の家なぜかインターネット使える環境になくて、受付のお兄ちゃんにどういうところでホットスポット使えるかって聞いたら、チェーン店だったらどこでも使えるだろ、ってすごい嘲るように言われました。ドイツじゃそうはいかねえんだよ。とりあえず近くのマクドナルドに入ってインターネットを使うことに。そしたらやっぱり隣に座ってる人とかドイツ語話してるし。つまんねー街だと思いつつストラスブールはあとにしました。

フランスに入ってからはちょっとゆっくりしようって言うのが僕の頭の中にあったんで、今日は100キロちょっとしか離れていないミュールーズまで行くことに。それにしてもストラスブールを出るのって言うのはやたらと大変ですね。きっと方向音痴じゃなかったとしてもそう簡単には出て来れないと思いますよ。

別に今に始まったことじゃないんですがGoogle mapsの地図がすごい役に立たなくて、はっきり言ってこんな道通れねえよって道ばっかり表示するんですよ。さらに困ったことには、フランスの国土って日本より大きいのに人口は約半分で、さらにパリに一極集中してるんで当然のことながらパリ以外の地域の人口密度の低さって半端ないんですね。具体的にどういうことが起こるかというと一つの街を出ると次の街に着くのが半日後だったりする訳ですよ。途中小さな村みたいなところにも所々で出くわすんですが、家が10軒ぐらいしか建ってなかったりもするんですね。そう言うところでも小さな学校みたいなものは建ってたりするから驚きですね。すごいみすぼらしいけど。

今日そもそもが全然走らなかったってこともあって割と早くにミュールーズに着きました。フランスの街自体全体的にそうなんですがやっぱりとてもセンスがいいですね。とくにミュルーズはパークアンドライドがよくできていて街の中心付近では路面電車があらゆる方向に走っていてさらに貸し出しの自転車があらゆる場所においてあると(ちなみに市が管理してる)。そもそもの必要性もあまりないということで車道みたいなものもあんまりちゃんとは存在せずに気軽にどこまでも歩いていけました。青年の家の受付の兄ちゃんがやたらとかっこ良くて気軽に次の目的地、ブザンソンまでの行き方を教えてくれました。

五日目:ミュールーズ ー ブザンソン

それにしてもミュールーズの受付の兄ちゃんいい人だったのに朝になったらいなくなってました。残念。代わりにいたのは今日の朝飯ミュースリー三回おかわりしたらすごいいやそうな顔してきたおばちゃんでチャリだすためにガレージの鍵だすのもすごいいやそうな顔してました。

慣れって言うのは恐ろしいもんで相変わらずサドル周辺は痛いんですがその痛さにも慣れてきてしまった感じです。むしろ自転車の方がだんだんギコギコ言い出して恐ろしい。

突然なんですが、僕が通った道って皆さんどういうところを想像してますかね?もちろんドイツで最も醜い州ヘッセンで僕がひどい目にあったのは言うまでもないんですが昨日も報告した通り、ここフランスでは街と街の間が結構離れていて途中の道が全く整備されていなんてこともザラにあるんですね。そう言うことが積み重なった結果どういうことが起こるかというと、結果がこちら:


こんなところを延々と走る訳ですよ。こんなところが2〜3キロ続くなんてことザラにありますからね。Google Maps使えないって言う話は前にしましたけど、よくこんな道登録したもんだよって思いましたよ。最悪の場合、国道が走ってるところをわざわざコの字を描いて森の中を走らされたりしますからね。虫さされできまくり。ダニにかまれて病原体持ち込まれたらどうすんだよ。

なぜかフランス入ってからやたらと毎日雨ばっかりふっててすごく期待はずれなんですがだんだん携帯の液晶が侵されていってるんですね。果たしてリヨンまでもつのだろうか。

やっぱりスイス周辺を走っているからでしょうか。リヨンまでの道はフランス南部の中でもわりと平坦な部類に入るらしいのですがだんだんと傾斜がきつくなって参りました。雨&舗装されてない道&傾斜ですからね。何しにフランスにチャリできたんだか訳が分からない。


物理やってない人には申し訳ないんですけど、フランスを走っていたらなんとラグランジュという街に遭遇しました。ラグランジュって言うのは18世紀のイタリアの数学者、物理学者でラグランジュ力学っていうのの創造者なんですね。この人わざわざフランスに来るときに自分の本当の名前Langrangiaっていうのをフランス風にLagrangeに替えたそうです。「すげー」っておもって後々調べてみたらラグランジュっていうのはフランス語で「馬小屋」って意味だそうです。馬小屋力学かよ・・・。

早くも一日の終わりにくるんですが、ブザンソンって言うのは名前にふさわしいぐらいぶさいくな街で、建物の壁とかやたらと灰色とかそういう系列の色ばっかりなんですね。ベルリンの壁が崩壊した頃の東ドイツのようだ。知らないけど。しかも町田出身のやつがこんな生意気なこと言っていいのだろうかって話ですけど。藤の台団地を彷彿とさせました。藤の台の人ごめんなさい。

ブザンソンには正式には青年の家というものはないらしいんですが、フランス青年の家連名に加盟している施設はあってそこに一泊することになりました。しかしここ、通常の青年の家より500円ほど高いとはいえ、内装がすごいきれいでしかもこのたび始まって以来初の一人部屋。当然ネットはWi-fiで使い放題。別にそんなに言うほど豪勢ではないですが日本のビジネスホテルみたいでした。これで25ユーロは安い。親とちょっとチャットして寝ました。

六日目:ブザンソン ー ブルガンブレス ー リヨン

サービスよかったブザンソンの青年の家、朝食だけははっきり言って全然使えなくてビュッフェではありませんでした。食堂のおっさんなんかやたらと無愛想だし。でも自転車だすときなぜか笑顔で「がんばれよ」って言ってくれました。フランス人変な人多いな。

ついに最終日になりました。そろそろこの日記書くのも面倒になってきたところですがラストスパートでがんばりたいと思います。ちなみにこの日の朝の時点では今日はブルガンブレスまで行こうと思ってたんですけど、ここの朝食11時までって決まりはあるんですけど何時からっていう決まりはなかったんですね。というわけで朝6時に起きて飯食ってとっとこ出発しました。リヨンまでの距離は200キロ以上あるんですが、最終日にできるぐらいならがんばろうと。

ところがどっこいですよ。青年の家出た瞬間に大雨ですからね。「フランスでは雨ふらない」って高々と宣言してたフランス人ども、責任とれ。当然雨具なんて用意してないっていうか日本の高校生みたいに傘さしながらリヨンまでチャリこぐ訳にもいかないんで雨の中を突っ切ります。どこかで雨がやむことを祈って。

所々で少しは雨やんでくれたんですけどやっぱり午前中午後と割と延々と雨が降っていて、それ自体はそこまで困らないんですが携帯の液晶がだんだんやられていってたんですよ。外から見ても水が入り込んでるのは明らかなんですね。さあいったいどうしたものか。

事件が起こったのは午後1時ぐらいでした。マジであり得ないぐらいの誰もいない坂道を、雨が降る中歩いてたんですよ。携帯って普通触らなかったら数分後に画面消えるじゃないですか。それが起こらなくなったんですよ。あれ?と思ったんですが放っておいたらその数分後音もなく画面が消えました。そこから電源ボタンを押してみても全く反応なし。まさに森のど真ん中、助けを叫んでも誰もいないですからね。フランクフルトの時とはタチが違いますからね。地図なしGPSなしで残るは記憶とまたしてもあてにならないコンパスのみ。実はここにいたる一時間ぐらい前に線路の上を通過してきてたんですよ。そこまで戻ればきっと近くに駅がある。戻るか。

って時に「ま、いっか」と思って走り続けるって結構無謀ですよね。まあ知ってたんですけどそれでもきっとこっちの方だろうと思って走り続けたんですよ。すくなくともフランス語ちょっとはできるんで次の街でひょっとすると少しは情報が得られるかもしれない、ってことで走り続けたところ、この世のものとは思えないぐらい美しい街が現れましてね、まさに天空の城ラピュタのようでした。ちなみに街の名前はシャトーシャロンっていいましてものすごい丘陵地にあるんですよ。そこの街の観光案内所で結構あきらめ気味に聞いてみたんですよ、リヨンってどこですか?って。聞かれた相手もビビるだろうって思いつつ聞いたんですよ。距離的にはこの時点で新宿駅前で「富士山までチャリでどうやっていけますか?」って聞くのよりタチ悪いですからね。もっと離れてますからね。そしたら「リヨン?ああ、そこの下の道まっすぐ行って一本だよ。」フランスの道路事情を知った瞬間でした。

後々調べてみてわかったんですが、フランスの郊外の国道は割とあっさりできていて一回そこまでたどり着ければ割とあとはそれにそっていけばいきたいところにいけるんですね。GPSに頼りすぎて盲目だった・・・。

道は相変わらず上ったり下ったりなんですがとにかく一本道でだいたい平均時速24キロぐらいで走りに走り続けたあげく6時ちょっとすぎにブルガンブレスに着きました。とりあえず一回マクドナルドに行ってマックメニュー二人前注文してからネットでいったん場所の確認をします。食い終わったらやたらと眠くなってきたんですがそこは一気にこらえてマクドナルドを飛び出しリヨンまで一直線。

深夜12時。リヨンの直前まできました。ここでついに運が尽きたのか道が全くわからなくなりました。仕方がないので親友エドワードに電話して道を探してもらいます。全く役に立ちません。仕方ないので近くの家の外に座ってた人たちに聞いてみました。酔ってるようで全く話になりません。それでも妙に協力的でリヨンの青年の家までの道のりをプリントアウトしてきてくれました。しかも頼んでもいないのにワインとかもくれてすごく決意が揺らいだんですがぐっとこらえてまた出発します。何しろ青年の家の受付が午前1時までなんでもたもたしていられません。

函館のロープウェイに行ったことがある人はいますかね。僕は小さい頃に家族で行ってそこから見えた函館の夜景に感動しました。それが、なんとリヨンのはずれから見たリヨン中心街の夜景にそっくりなんですね。ちょうど谷間にある街リヨンは外側の山から一望できてそこまできた人たちを圧倒させる感じです。ここに一年住むんですねえ。

山を一気に下り、近くにいた人たちに青年の家を聞いているうちに1時を過ぎました。終わった、と思ったところで青年の家に電話してみたら何時になってもいいからおいでといわれ、最後の気力を振り絞って20度ぐらいの青年の家の前の坂をリヨンの夜景を横に上りました。一時半でした。

こうして終わった僕の6日間にわたる旅。この次の日、見事に新しい家は見つかりさらにその翌日僕の親友エドワードが僕の決意に感化されてリヨンを目指し自転車をこぎ始めますがその翌日に脱落しました。実際のところ、僕も携帯電話が完全に消える状態に至るまでの5日間、何度か脱落することも考えましたが、それでも走り続け、次の日の日の朝にはまたいつもの元気を取り戻して走り出すっていうのを繰り返してました。実際のところ、数字上の距離よりもリヨンまでの行程は長く、体力がどうとかいうより気力との戦いでした。そもそも今進んだ先に何があるかわからず、その日の目的地に着くかどうかもさっぱりわからないという状況は想像以上に体力の消耗を加速させ、精神的なキツさを増大させるように思われます。そう言った意味でこの六日間、僕を支えてくださった皆さんと、どこの馬の骨ともわからぬ楽天家に助けを差し伸べてくださった通りすがりの人たちに感謝の意を表明したいです。